グラティアヌスの画像画像引用元: rome.hideki-osaka.com

グラティアヌス

推定知名度0.71%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

フラウィウス・グラティアヌス(Flavius Gratianus, 359年4月18日か5月23日 - 383年8月25日)は、ローマ帝国の皇帝(在位:375年-383年)。 ウァレンティニアヌス1世の長男として生まれ、7歳で西方正帝の称号を受ける。父帝死亡時はまだ16歳にすぎなかったが、弟のウァレンティニアヌス2世とローマ帝国西方の統治者として跡を継いだ。378年、東帝ウァレンスがハドリアノポリスの戦いで戦死した後、グラティアヌスは隠遁生活を送っていた小テオドシウス(後のテオドシウス1世)をローマ帝国東方の共同皇帝に任命した。小テオドシウスの隠遁のきっかけとなった大テオドシウス(小テオドシウスの父)の処刑を指示したのはグラティアヌスであったが、大テオドシウスの名誉回復を約束することで協力させた。政治では、ミラノの司教アンブロジウスの影響で、父帝の穏健な宗教政策から離れ、最高神祇官の称号を拒否したり、女神ニケ|ウィクトリアの祭壇を元老院 (ローマ)|元老院から撤去させたりした。 383年、マクシムスがブリタンニアで挙兵してガリアに進軍を開始すると、それを迎え撃ったが、歩兵長官メロバウデスの裏切りで敗走し、リヨンで殺害された。

過去の推移