ギーゼラ・フォン・エスターライヒの画像画像引用元: upload.wikimedia.org

ギーゼラ・フォン・エスターライヒ

推定知名度0.81%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

ギーゼラ・ルイーゼ・マリー・フォン・エスターライヒ(Gisela Louise Marie von Österreich, 1856年7月12日 – 1932年7月27日)は、オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世と皇后エリーザベト (オーストリア皇后)|エリーザベトの第2皇女。ルドルフ (オーストリア皇太子)|ルドルフ皇太子とマリー・ヴァレリー・フォン・エスターライヒ|マリー・ヴァレリーの姉。ウィーン近郊のラクセンブルクで生まれる。妊娠中の母エリザベートは、「今度こそ皇太子を」とのプレッシャーに襲われた。生後10ヶ月の時に両親と姉ゾフィー・フォン・エスターライヒ|ゾフィー皇女とともにブダペストへ移る。その際、発熱や下痢はあったが、無事ウィーンへ戻った。幼少期は祖母ゾフィー (オーストリア大公妃)|ゾフィーに弟ルドルフと共に育てられたため、母エリーザベトにはなつかなかった。1873年にバイエルン王国|バイエルンの摂政王子ルイトポルト・フォン・バイエルン|ルイトポルトの次男で、後のバイエルン国王|バイエルン王ルートヴィヒ3世 (バイエルン王)|ルートヴィヒ3世の弟であるレオポルト・フォン・バイエルン|レオポルト王子と16歳で結婚した。この時、母エリーザベトは「16歳で結婚は早すぎる」と夫フランツ・ヨーゼフ1世に母として親心を見せたりもした。夫レオポルトとの夫婦仲は良好で、間に以下の2男2女をもうけた。*エリーザベト・マリー・フォン・バイエルン|エリーザベト(1874年 - 1957年) - ゼーフリート・アウフ・ブッテンハイム男爵オットーと結婚。*アウグステ・フォン・バイエルン (1875-1964)|アウグステ(1875年 - 1964年) - オーストリア大公ヨーゼフ・アウグスト・フォン・エスターライヒ|ヨーゼフ・アウグストと結婚。*ゲオルク・フォン・バイエルン|ゲオルク(1880年 - 1943年) - オーストリア大公女イザベラ・フォン・エスターライヒ (1888-1973)|イザベラと結婚し、後に離婚。*コンラート・フォン・バイエルン|コンラート(1883年 - 1969年) - ジェノヴァ公女ボナ・マルゲリータ・ディ・サヴォイア=ジェノヴァ|ボナ・マルゲリータと結婚。母エリーザベトの死後、遺産の5分の2を相続した。1932年にミュンヘンで死去し、聖ミヒャエル教会で夫レオポルトの傍らに葬られた。

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