キャドワラの画像画像引用元: www.westatic.com

キャドワラ

推定知名度1.29%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

キャドワラ(Caedwalla、古英語:CÆDVVALLA CENBRYHTING VVESTSEAXNA CYNING、羅:CÆDVVALLA REX SAXONVM OCCIDENTALIVM、659年-689年4月20日、在位685年-688年退位)は七王国時代の西サクソン人の領土を治めた人物で、後世ウェセックス王国の王として列せられている。彼自身も西サクソン人の出自であるとされるが、その名はブリトン起源の「カドワロン(Cadwallon)」から来ている。古英語で書かれた彼の名は未だ日本語での発音は一定しておらず、資料によってはカドワラ、ケドワラとも記載される事がある。彼は幼少の頃にウェセックスはサセックスの攻撃を仕掛けエゼルウェルホ (サセックス王)|サセックス王エゼルワルホを亡き者にしたものの、配下のエアルドルマンを懐柔できなかったために政権を保つ事ができず追放の身となった。685年ないし686年に彼はウェセックス王位に即位、ウェセックスに関する最初期の記録によればキャドワラの治世までウェセックスの統治は副王によるものとされているためにキャドワラはこの時代の敵対勢力を圧倒した可能性が示唆されている。キャドワラの即位後、ウェセックスはサセックスに進撃、大いに領土を広げワイト島に侵攻、現地を支配する勢力を一掃し勢力下に納めた。またサリー州とケント王国の支配力を強め、686年には弟のムル (ケント王)|ムルをケント王として擁立、翌年ムルが反乱で殺されるとキャドワラはケントへ出征、その後ケント王国を直接統治したものと思われる。キャドワラはワイト島出征時に負傷し、これがきっかけとなって688年に退位する。その後キリスト教の洗礼を受けるためにローマへ赴き翌年689年4月に到着、復活祭前の土曜日に同地で洗礼を施され、10日後の4月20日に没した。王位はイネ (ウェセックス王)|イネに引き継がれた。

過去の推移