ウラディーミル・ペスキンの画像画像引用元: ml.naxos.jp

ウラディーミル・ペスキン

推定知名度0.27%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

ウラディーミル・ペスキン(キリル文字:Владимир Ананьевич Пескин, ラテン文字:Vladimir Ananevich Peskin, 1906年5月5日 - 1988年4月2日)は、ロシアの作曲家。イルクーツク出身。父は革命派でスイスに亡命し、ペスキンも1914年から1916年までジュネーヴ音楽院で教育を受けた。1917年にロシア革命が発生すると一家は帰国し、ペスキンはイルクーツクの音楽学校に入った。1922年にモスクワ音楽院に入学し、サムイル・フェインベルクにピアノと作曲を師事した。しかし手を痛めてピアニストになることを断念し、作曲に専念することとなった。しかし1930年代に父がスターリンの大粛清に遭い、母がカザフスタンに追放されると、家族の生活を支えるためバラライカオーケストラのピアニストとなり、後にトランペット奏者ティモフェイ・ドクシツェルのピアノ伴奏者となった。1937年にドクシツェルのために『トランペットとピアノのためのスケルツォ』を作曲し、これは後にトランペット協奏曲に改作された。この協奏曲は技術的に高度なトランペット協奏曲のレパートリーとして知られている。作風は師のフェインベルクの他に、アントン・ルビンシュタイン、セルゲイ・ラフマニノフらの影響を受けている。

過去の推移