画像引用元: upload.wikimedia.orgアンリ1世
推定知名度0.02%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
ブルゴーニュ公アンリ1世(Henri I、946年 - 1002年)は、ヌヴェール伯およびブルゴーニュ公(在位:965年 - 1002年)。大公(le Grand)ともいわれる。出生時の名前は「ウード」であり、ブルゴーニュ公に選ばれて以降「アンリ」の名を用いたことから、ウード=アンリ(Eudes-Henri)の名でも知られる。アンリはパリ伯ユーグ大公とドイツ王ハインリヒ1世の娘ヘートヴィヒとの間の末息子として生まれ、フランス王ユーグ・カペーの弟にあたる。ウードの名で幼少時に教会に入り、ブルゴーニュ公であった兄オトンが965年2月22日に死去した時には聖職者となっていた。ウードはブルゴーニュの伯から兄オトンの後継者として選ばれ、「アンリ」の名が与えられた。しかし、アンリ自身が領したのは3つの伯領に過ぎず、921年に死去したブルゴーニュ公リシャールの領地を中心とした残りの6つの伯領は、アンリの家臣が領有していた。972年、アンリはイタリア王アダルベルト2世の寡婦ジュルベルジュ・ド・マコンと結婚した。しかし、アンリはいずれの妃との間にも男子は得られず。このため、オット=ギヨームの支持者とフランス王ロベール2世の支持者の間で継承争いが起こり、最終的にロベール2世側が勝利した。
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