アントニオ・チェスティの画像画像引用元: upload.wikimedia.org

アントニオ・チェスティ

推定知名度0.54%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

マルカントニオ・チェスティ(Marc' Antonio Cesti, 1623年8月5日 - 1669年10月14日)はイタリア・バロック音楽のオペラ作曲家。アレッツォに生まれ、ローマでジャコモ・カリッシミに師事した後、フィレンツェで活動した。フィレンツェではサルヴァトル・ローザと知り合い、ローザの台本を基にカンタータを作曲した。1652年からインスブルックのフェルディナント・カール大公の宮廷楽長に就任し、1655年に前スウェーデン女王クリスティーナがインスブルックでカトリックに改宗した際には、オペラ『アルゲイア』を上演した。1660年に教皇庁に地位を得た。1666年にウィーン宮廷副楽長に就任し、1669年に同地で没した。チェスティは専らオペラ作曲家として知られており、最も著名なのが《ラ・ドンLa Don》(ヴェネツィア、1663年)と《黄金のりんごIl Pomo d'oro》(ウィーン、1668年)であり、後者は1666年の神聖ローマ皇帝レオポルト1世とマルガリータ・テレーザの結婚式で披露された。チェスティは室内カンタータも作曲しており、それらのアリアの純粋で繊細な調べは、舞台よりも小さな空間にふさわしい。

過去の推移