画像引用元: upload.wikimedia.orgアマリア
推定知名度-0.03%15〜75歳男女
推定知名度0.9%20〜35歳男女
アマーリエ・マリー・フリーデリケ・フォン・オルデンブルク(Amalie Marie Friederike von Oldenburg, 1818年12月21日 - 1875年5月20日)は、ギリシャ王オソン1世の王妃。ギリシャ語名アマリア・マリア・フリデリキ(Αμαλία - Μαρία - Φρειδερίκη / Amalia Maria Phreidheriki)。オルデンブルク大公パウル・フリードリヒ・アウグストとその最初の妃でアンハルト=ベルンブルク=シャウムブルク=ホイム侯ヴィクトル2世の娘であるアーデルハイトの間の長女として、オルデンブルクで生まれた。1836年11月、オソン1世とオルデンブルクで結婚。結婚式をギリシャで行わなかったことで、当初から反感を持たれた。夫ともにギリシャの実情を理解せずに、何事も当時の先進国プロイセン王国に倣おうとする姿勢が、いらぬ反発を招いたと言われる。アマリアは生涯を通じてプロテスタントで、ギリシャ正教に改宗しなかった。夫と並んで政治に関わりながら、王妃としての責務である「後継者を産む」ことができないことまでもが攻撃された。
