画像引用元: upload.wikimedia.orgアブド・アッラフマーン2世
推定知名度1.22%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
アブド・アッラフマーン2世(Abd ar-Rahman II、792年 - 852年9月22日)は、後ウマイヤ朝の第4代アミール(在位822年-852年)。父は前アミールであるハカム1世。トレドの出身。アブド・アッラフマーン2世は、ウマイヤ朝の再建のためアッバース朝をモデルにした行政・財政機構の整備を進めると同時に、国力の増強に努め、当時フランク王国下でイスラーム勢力の防衛地点であったスペイン辺境領(現在のカタルーニャ地方)へのジハードを断行、またこの頃から激化してきたノルマン人の侵入に対抗するために、沿岸側の防衛を強化し、アミール権力の強化に尽力する。844年にリスボンとカディスが侵入されている。また彼は、後ウマイヤ朝の首都コルドバにあるメスキータと呼ばれる会衆モスクの礼拝室を間口11スパン,奥行12スパンから奥行方向に10スパン拡張。このモスクは後ウマイヤ朝初代アミールであるアブド・アッラフマーン1世が785年創建したものであり、イスラーム・スペイン建築の最高傑作と呼ばれる。このモスクはのちにアブド・アッラフマーン3世やハカム2世・ヒシャーム2世らによってさらに拡張される。Category:後ウマイヤ朝の君主Category:トレド出身の人物Category:792年生Category:852年没
過去の推移
0.3406
0.7807
0.808
0.7809
0.7510
0.7811
0.8812
0.9513
1.0414
1.1415
1.2216
