アナ・デ・メンドーサの画像画像引用元: upload.wikimedia.org

アナ・デ・メンドーサ

推定知名度0.31%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

アナ・デ・メンドーサ・デ・ラ・セルダ(Ana de Mendoza de la Cerda, 1540年6月29日 - 1592年2月2日)は、スペインの貴族。メリト伯爵夫人、パストラナ公爵夫人。エーボリ姫の名で知られた。フエンテス(現在のスペイン・グアダラハラ県の町)で生まれ、王太子フェリペ(のちのフェリペ2世)の推薦により、12歳でルイ・ゴメス・デ・シルバと結婚。夫はエーボリ公であり大臣だった。アナはフェンシングで右目を失っていたが、スペインで最も美しい女性の一人で、才能にあふれた女性であると考えられていた。9子をもうけた夫とは1573年に死別し、アナは修道院に入った。3年後、アナは宮廷に戻って王の次官アントニオ・ペレスと密かに手を結んだ。2人は国家を欺いたとして告発され、アナは1579年に逮捕された。アナは解放されないまま、1592年に生まれ故郷に近いパストラナで死んだ。同名の娘アナは、第7代メディナ・シドニア公アロンソ・ペレス・デ・グスマンの妻となった。

過去の推移