琉球征伐(りゅうきゅうせいばつ)は、薩摩藩が1609年に行った、琉球王国(中山)に対する軍事行動を指す。名称については、一次史料「肝付兼篤書状」には琉球国御征伐と明記されている。また「琉球入ノ記」という二次史料が存在するほか、一次史料「琉球渡海日々記」には琉球入番衆主取なる役名が見られる。本項では琉球入りという呼称に対する批判を尊重し琉球征伐を用いる。琉球側の史料『中山世鑑』には己酉の乱と呼されている。なお、戦前よりの日本史学上での用語としては、征縄役が使われる場合が多かった。対する中山王府は、一貫して和睦を求める方針をとり、戦闘はほとんど起こらなかった。......
琉球征伐(りゅうきゅうせいばつ)は、薩摩藩が1609年に行った、琉球王国(中山)に対する軍事行動を指す。名称については、一次史料「肝付兼篤書状」には琉球国御征伐と明記されている。また「琉球入ノ記」という二次史料が存在するほか、一次史料「琉球渡海日々記」には琉球入番衆主取なる役名が見られる。本項では琉球入りという呼称に対する批判を尊重し琉球征伐を用いる。琉球側の史料『中山世鑑』には......